経営者が急に倒れたら会社はどうなる?3つの事例と今からできる備え|病気・事故・相続で困らないために
「自分に万が一のことがあったら、この会社はどうなるのだろう」
経営者であれば、一度はそう考えたことがあるのではないでしょうか。とはいえ、日々の仕事に追われて、「まだ元気だから」「そのうち考えよう」と後回しにしている方も多いと思います。
ところが、病気や事故は、予告なく突然やってきます。経営者が突然働けなくなると、会社の中では、お金、人、取引先のさまざまな場面で問題が一気に起こります。
この記事では、経営者に万が一のことがあった場合に起こりやすい問題を、3つの架空の事例で紹介します。そのうえで、元気なうちにできる備えと、会社を引き継ぐ選択肢を整理します。事例は、実際によくある状況をもとにつくった例です。特定の会社の話ではありません。
経営者が突然働けなくなると、何が起こるのか

中小企業では、経営者が営業、資金繰り、取引先との関係、技術の判断まで、多くの役割を一人で担っていることが少なくありません。経営者が不在になると、これらの役割が止まってしまいます。
起こりやすい問題を整理すると、次のようになります。
| 場面 | 起こりやすい問題 |
|---|---|
| お金 | 支払いや銀行とのやり取りを、誰も判断できなくなる |
| 取引先 | 重要な取引先との関係が、社長個人の信頼に頼っていて不安を持たれる |
| 従業員 | 将来への不安から、従業員が辞めてしまう |
| 株式 | 株式が相続人に分かれ、会社の意思決定が難しくなる |
| 保証 | 借入金の個人保証や担保の扱いが分からなくなる |
社長が入院しても、会社は動き続けられますか?
社長に判断や手続きが集中している会社ほど、動きが止まりやすくなります。数日から数週間なら乗り切れても、入院が長引いたり、復帰できなかったりすると、資金繰りや取引先との関係に影響が出てきます。
社長一人に仕事が集まっていると、とても危ないんですね!
【事例①】急な入院で、資金繰りが止まった会社

建設関連の会社を経営するAさん(60代)は、ある朝、突然倒れて入院しました。意識は戻りましたが、数か月は仕事に戻れないと医師から告げられました。
会社には、経理を担当する従業員がいました。ただ、銀行とのやり取りや、支払いの優先順位の判断は、すべてAさんが一人で行っていました。通帳や印鑑、ネットバンキングのパスワードの保管場所も、Aさんしか知りません。
その結果、次のような問題が起こりました。
- 月末の支払いの判断ができず、仕入先への支払いが遅れた
- 銀行から、今後の返済についての問い合わせがあったが、誰も答えられなかった
- 受注の判断ができず、新しい仕事を断らざるを得なかった
この事例から分かるのは、「誰が何を知っているか」を整理しておかないと、経営者が不在の間、会社の機能が止まってしまうということです。
この事例から学べる備え
- 通帳、印鑑、契約書、パスワードなどの保管場所を、信頼できる人に伝えておく
- 支払いや資金繰りの基本的な流れを、経理担当者と共有しておく
- 緊急時に判断を代わりに行う人を、あらかじめ決めておく
パスワードや印鑑の場所を、従業員に教えてもよいのでしょうか?
全員に教える必要はありませんが、信頼できる家族や役員、顧問の税理士などの、1〜2名には伝えておくことをおすすめします。紙に書いて封筒に入れ、金庫などに保管しておく方法もあります。
全部を知っている人が一人もいない状態が、一番危ないんですね!
【事例②】社長の信頼だけで成り立っていた取引が離れた会社
製造業を営むBさん(50代)は、長年の付き合いのある取引先との関係で、売上の大半を支えていました。取引先の担当者とは、お互いの顔が見える信頼関係があり、契約書は交わしていましたが、価格や納期の細かな調整は、いつもBさんが電話一本で行っていました。
ある日、Bさんが事故で長期の療養が必要になりました。後を任された専務は、取引先に事情を説明しましたが、担当者からは「今後も安定して供給してもらえるのか、不安がある」と言われました。やがて、取引先は別の会社にも発注を分けるようになり、売上は少しずつ減っていきました。
この事例から分かるのは、取引先との関係が経営者個人に集中していると、経営者が不在になったときに、取引そのものが不安定になるということです。
この事例から学べる備え
- 取引先の担当者と、経営者以外の役員や従業員も、普段から顔を合わせておく
- 取引条件や、やり取りの経緯を、記録に残しておく
- 主な取引先との関係を、少しずつ後継者や幹部に引き継いでいく
取引先に、後継者や幹部を紹介する時期はいつがよいのでしょうか?
早ければ早いほどよいです。普段の打ち合わせに同席してもらうなど、少しずつ顔を覚えてもらいましょう。取引先も、「社長の次に誰がいるのか」が分かると、安心して取引を続けやすくなります。
元気なうちから、自然に紹介しておくのが大切ですね!
【事例③】相続で株式が分かれ、会社の意思決定が難しくなった会社
小売業を営むCさん(70代)は、病気のため急に亡くなりました。Cさんは遺言を残しておらず、会社の株式は、配偶者と、会社の仕事に関わっていない子ども2人が相続することになりました。
ところが、相続人の間で、会社をどうするかについて意見が分かれました。配偶者は事業を続けたいと考えましたが、子どもの一人は「株式を現金に換えたい」と主張しました。話し合いがまとまらず、株主総会で必要な決議をすることが難しくなり、新しい経営者を決めることもできませんでした。
この事例から分かるのは、株式が分かれてしまうと、会社の方針を決めにくくなるということです。経営者に何かあったときの会社の運命は、株式を誰が持つかによって、大きく変わります。[注1]
この事例から学べる備え
- 株式を誰に引き継ぐのか、元気なうちに決めておく
- 遺言書を作り、会社の株式の行き先を明確にしておく
- 後継者に、議決権のある株式を集中して引き継げるように準備する
遺言書があれば、トラブルは防げますか?
遺言書は有効な備えの一つですが、これだけで十分とは限りません。相続人には、最低限の取り分(遺留分)が認められているため、内容によっては、ほかの相続人との間で問題になることがあります。弁護士や税理士に相談して、内容を検討しておくと安心です。
書き方や内容も、専門家と一緒に決めておくのがよいのですね!
元気なうちにできる、5つの備え
3つの事例から見えてきた備えを、5つにまとめます。
1. 会社の情報を整理して、共有する
通帳、印鑑、契約書、借入の一覧、取引先の連絡先など、会社の重要な情報を一覧にしておきましょう。誰が見ても、何がどこにあるかが分かる状態にしておくことが大切です。
2. 権限を少しずつ分けておく
すべての判断を一人で行っていると、不在になったときに会社が止まります。日常的な判断は、役員や幹部に任せていくことで、会社の自立度が高まります。
3. 取引先・銀行との関係を広げる
取引先や銀行の担当者に、経営者以外の人も顔を知ってもらいましょう。経営者個人への信頼を、会社への信頼に変えていくことが、安定した経営につながります。
4. 株式の行き先を決めておく
誰に株式を引き継ぐのか、遺言や生前の贈与など、どのような方法で引き継ぐのかを、専門家と相談して整理しましょう。
5. 事業を引き継ぐ選択肢を知っておく
家族や従業員に後継者がいない場合でも、会社を引き継ぐ方法はあります。その一つが、第三者に会社を引き継ぐM&Aです。
後継者がいない場合の選択肢
後継者が決まっていない場合、会社の引き継ぎ方には、大きく分けて次の3つがあります。[注2]
| 方法 | 内容 | 向いているケース |
|---|---|---|
| 親族内承継 | 子どもなど家族に引き継ぐ | 意欲と能力のある親族がいる |
| 従業員などへの承継 | 役員や従業員に引き継ぐ | 信頼できる幹部がいる |
| 第三者への承継(M&A) | 外部の会社などに引き継ぐ | 身近に後継者がいない |
まだ元気なのに、M&Aのことを考えるのは早いでしょうか?
早すぎることはありません。相談したからといって、すぐに売却しなければならないわけではありません。自社の価値や、買手になりうる会社の存在を知っておくだけでも、万が一のときの備えになります。
情報を集めておくだけでも、安心につながりそうですね!
よくある質問
経営者が亡くなったとき、借入金の個人保証はどうなりますか?
経営者が負っていた保証債務は、相続人に引き継がれる可能性があります。ただし、具体的な扱いは状況や契約の内容によって異なります。金融機関との間で、保証の内容を早めに確認し、必要に応じて弁護士などに相談しておくと安心です。
保険などで備えることはできますか?
経営者に万が一のことがあったときの資金を準備するために、保険を活用する会社もあります。ただし、会社の規模や状況によって向き不向きがあります。保険の内容や税金の扱いは、専門家に確認してから決めましょう。
事業承継について、どこに相談すればよいですか?
顧問の税理士や、商工会議所、金融機関、各都道府県にある事業承継・引継ぎ支援センターなどが、相談先になります。第三者への引き継ぎを考えるなら、M&A仲介会社にも相談できます。複数の窓口で意見を聞き、比べてみましょう。
何歳から準備を始めるのがよいですか?
年齢に関係なく、経営者であれば、いつでも万が一のことは起こりえます。目安として、60代なら引退の数年前から、50代でも基本的な備えは始めておくと安心です。
備えは「まだ元気なうち」にしかできない
経営者が急に倒れたとき、会社の中では、資金繰りの停止、取引先の不安、従業員の動揺、株式をめぐる相続問題などが、一度に起こりがちです。ただ、その多くは、元気なうちに情報を整理し、権限を分け、株式の行き先を決めておくことで、大きく軽くできます。
備えの一つとして、第三者に会社を引き継ぐ選択肢も、頭の片隅に置いておきましょう。大切にしてきた会社と従業員を守る方法は、一つではありません。まずは、会社の情報を整理するところから、始めてみてはいかがでしょうか。
[注1] 中小企業庁:事業承継ガイドライン。株式の承継や、相続に関する課題の考え方が示されています。
[注2] 中小企業庁:事業承継ガイドライン。親族内承継、従業員等への承継、社外への引継ぎ(M&A等)の3類型が示されています。