社長への貸付金・社長からの借入金は売却前にどう整理する?|計算例でわかる売却価格と手取りへの影響
中小企業では、会社と社長個人のお金が、はっきり分かれていないことがよくあります。会社の運転資金が足りないときに、社長が個人のお金を会社に貸したり、逆に、会社から社長が生活費や個人の支払いのためにお金を引き出したりしている、というケースです。
こうした貸し借りは、会社を続けているうちは大きな問題にならなくても、M&Aで会社を売却するときには、価格や手取りに影響する大切なポイントになります。
この記事では、「役員貸付金」と「役員借入金」の違いを整理したうえで、簡単な計算例を使って、売却の価格や手取りにどのような影響があるのかを分かりやすく解説します。
※この記事の計算例は、説明をわかりやすくするための仮の数字です。実際の売却価格や税金は、会社の状況によって大きく異なります。
役員貸付金と役員借入金の違い

まず、2つの言葉の意味を整理しておきましょう。
「役員貸付金」と「役員借入金」は、どう違うのですか?
会社から見て、社長にお金を貸している状態が「役員貸付金」、社長からお金を借りている状態が「役員借入金」です。貸し借りの向きが反対になっているので、買手から見たときの意味も変わってきます。
会社から見た向きで考えると、分かりやすいですね。
| 項目 | 役員貸付金 | 役員借入金 |
|---|---|---|
| お金の流れ | 会社 → 社長 | 社長 → 会社 |
| 会社の決算書での位置づけ | 資産(貸している) | 負債(借りている) |
| よくある原因 | 社長が会社のお金を個人の支払いに使った | 社長が個人のお金で、会社の資金不足を補った |
| 買手から見た印象 | 回収できるのか不安に感じやすい | 返済の負担として考える |
売却のときに、なぜ問題になるのか

会社と社長の間の貸し借りが、売却にどう影響するのでしょうか?
買手は、売却後の会社を引き継ぐため、会社と社長個人の間にお金の貸し借りが残っていると、会社の本当の価値が見えにくくなります。貸付金は「社長が返してくれるのか」、借入金は「会社が返さなければいけないのか」という点が、価格や契約の条件に関わってきます。
売却前にきれいにしておいたほうが、話が進めやすいのですね。
役員貸付金で起こりやすいこと
- 買手が「回収できない資産」とみなして、価格を下げることがある
- 売却の契約で、「売却の時点までに全額を返済すること」を条件にされることがある
- 貸付金に利息を取っていないと、税務上、問題になる場合がある
役員借入金で起こりやすいこと
- 買手が、会社の負債として扱い、価格を調整することがある
- 売却のときに、「借入金を返済してから売る」か「借入金は残したまま売る」かを決める必要がある
- 売却のあとに社長が返済を求めると、買手との間でトラブルになる場合がある
計算例1:役員貸付金が3,000万円ある場合
ここからは、仮の数字を使って、具体的な影響を見ていきましょう。
前提
- 会社の純資産(資産から負債を引いた金額):1億円
- そのうち、社長への貸付金:3,000万円
- 買手が提示した価格:純資産に営業利益の2年分を加えて計算(営業利益は年1,500万円)
買手の見方
買手は、貸付金3,000万円を「回収できるかどうかが分からない資産」として、評価から外すことがあります。その場合、価格の計算は次のように変わります。
| 項目 | 貸付金をそのまま評価 | 貸付金を評価から外す |
|---|---|---|
| 純資産 | 1億円 | 7,000万円 |
| 営業利益の2年分 | 3,000万円 | 3,000万円 |
| 買手の評価額(仮) | 1億3,000万円 | 1億円 |
| 差額 | ― | 3,000万円の減額 |
貸付金を評価から外されると、同じ会社でも、3,000万円分の価格が下がってしまう可能性があります。
貸付金を、売却の前に返しておけば、減額されないのですか?
社長が会社に返済すれば、貸付金が会社の現金に変わるため、評価から外されることはなくなります。ただし、返済する個人のお金が必要です。個人で用意できない場合は、役員報酬や賞与、配当の形で受け取る方法を検討しますが、いずれも税金がかかる場合があるため、税理士に必ず確認してください。
返済の方法によって、税金の負担も変わるのですね。
整理する方法の例
- 社長が個人のお金で返済する:最も分かりやすい方法。会社の現金が増え、評価も保たれる
- 役員報酬や賞与と相殺する:受け取るはずの報酬を、貸付金の返済に充てる(税金の確認が必要)
- 配当と相殺する:会社が出す配当を、返済に充てる(配当が可能かどうかの確認が必要)
- 売却代金から差し引いて精算する:契約で、売却代金から貸付金を差し引く方法
計算例2:役員借入金が5,000万円ある場合
前提
- 会社の純資産(借入金を負債に含めた金額):8,000万円
- 社長からの借入金:5,000万円
- 営業利益は年1,500万円で、買手の価格の考え方は計算例1と同じ
売却のときの2つの考え方
借入金は、会社にとっては負債ですが、社長にとっては、将来返してもらえる財産です。売却のときには、主に次の2つの方法が考えられます。
| 方法 | 内容 | 影響のイメージ(仮) |
|---|---|---|
| 返済して売る | 売却の前に、会社が借入金を返済する | 会社の現金が減るが、負債もなくなる |
| 残して売る | 借入金を残したまま、会社を売却する | 買手が負債として引き継ぎ、価格を調整する |
「残して売る」場合の計算(仮)
会社の純資産が8,000万円で、営業利益の2年分が3,000万円なら、価格の目安は次のようになります。
- 純資産8,000万円 + 営業利益の2年分3,000万円 = 1億1,000万円
この価格のうち、社長への借入金5,000万円は、売却後も会社が社長に返す義務が残る場合があります。そのため、買手は「借入金を返済する前提で価格を決める」「売却のときに、借入金を同時に精算する」といった条件を求めることが一般的です。
借入金を、売却のときに精算すると、手取りはどうなりますか?
社長は、株式の売却代金と、借入金の返済を、合わせて受け取ることになります。ただし、この2つは税金の扱いが異なります。株式の売却代金には、譲渡所得に対する税金がかかりますが、借入金の返済は、もともと社長が貸していたお金が戻ってくるものなので、原則として所得にはならないと考えられます。その点も含めて、税理士に確認しておくと安心です。
お金の性質が違うと、税金の扱いも違ってくるのですね。
整理する方法の例
- 会社の余裕資金で返済する:売却前に会社の資金で返す。買手から見ても分かりやすい
- 売却代金と同時に精算する:契約書で、返済の方法と金額を明記する
- 債権を放棄する:返済を求めない形にする。税金や買手への影響を、税理士と確認する必要がある
計算例3:貸付金と借入金の両方がある場合
前提
- 社長への貸付金:1,500万円(個人の支払いに会社のお金を使った分)
- 社長からの借入金:2,500万円(過去に資金不足を補った分)
考え方
貸付金と借入金が両方あるときは、金額を差し引いて、実際にどちらがどれだけ多いのかを確認します。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 社長からの借入金 | 2,500万円 |
| 社長への貸付金 | 1,500万円 |
| 差し引き(会社が社長に返す額) | 1,000万円 |
ただし、帳簿の上では、貸付金と借入金を相殺して1つにまとめるべきかどうかは、契約の内容や記録によって異なります。勝手に帳簿を修正すると、売却の調査で指摘を受ける場合があるため、必ず税理士に相談しながら整理してください。
売却前に整理するときの注意点
帳簿と通帳の記録を合わせる
貸付金や借入金は、決算書の数字だけでなく、通帳の入出金や、契約書の記録と合っているかが見られます。「いつ、いくら、何のために」やり取りしたのかを説明できるようにしておきましょう。
利息や返済の条件を確認する
社長への貸付金に利息がない場合や、返済の約束がはっきりしていない場合は、税務上の指摘を受けることがあります。契約書や返済の記録を整えておくと、買手の調査でも説明しやすくなります。
売却の直前に慌てて動かさない
売却の直前に、急に貸付金を返したり、借入金を動かしたりすると、かえって不自然に見られることがあります。余裕をもって、1年程度前から少しずつ整理を始めるのが理想です。
税金の影響を必ず確認する
返済の方法によっては、役員報酬、配当、債権の放棄などにより、所得に対する税金がかかる場合があります。売却の価格だけでなく、手取りの金額で比べることが大切です。
整理のための確認リスト
売却を考え始めたら、次の項目を確認してみましょう。
- 決算書の貸借対照表に、役員貸付金・役員借入金の項目があるか
- その金額と、通帳の記録・契約書が合っているか
- 貸付金に、利息や返済の約束があるか
- 社長個人の支払いを、会社のお金で払っていないか
- 会社の借入れについて、社長が個人保証をしていないか
- 会社の資金で、社長個人の車や保険、不動産を購入していないか
- 家族や親族への貸し借りがないか
- 整理の方法と時期について、税理士に相談したか
よくある質問
Q1. 役員貸付金がある会社は、売却できませんか?
売却は可能です。ただし、買手から減額や返済の条件を求められる可能性があるため、売却の前に整理しておくと、話が進めやすくなります。
Q2. 役員借入金を、売却のあとも残したままにできますか?
買手との合意があれば、残したままにすることもできます。ただし、返済の時期や方法を契約書で明確にしておかないと、売却後にトラブルになるおそれがあります。
Q3. 貸付金を整理するお金がない場合は、どうすればよいですか?
役員報酬や賞与、配当などによる整理を検討することになりますが、税金や会社の資金の状況によって、可能かどうかが異なります。税理士に相談し、複数の方法を比べてみましょう。
Q4. 整理は、いつから始めるべきですか?
売却を考え始めた時点で、すぐに現状の確認を始めましょう。金額が大きい場合は、1年程度の時間をかけて整理するのがおすすめです。
Q5. 会社と社長のお金が混ざっている場合、売却価格は下がりますか?
整理されていない状態だと、買手が会社の本当の収益力を判断しにくくなり、慎重な評価になる場合があります。整理が進んでいる会社のほうが、評価されやすい傾向があります。
Q6. 税理士には、どのように相談すればよいですか?
決算書や、総勘定元帳(勘定科目ごとの取引の記録)を見せたうえで、「売却を考えているため、役員貸付金・借入金をどう整理すべきか」を相談してください。M&Aの経験がある税理士だと、より具体的な助言を受けやすくなります。
まとめ
会社と社長個人のお金の貸し借りは、M&Aのときに、価格や手取りに影響する大切なポイントです。
- 役員貸付金は、買手に回収できない資産とみなされ、価格が下がることがある
- 役員借入金は、売却のときに返済・精算の方法を決める必要がある
- 返済や精算の方法によって、税金の扱いが変わるため、税理士への相談が欠かせない
- 売却の直前ではなく、1年程度前から整理を始めるのが理想
会社と個人のお金をきちんと分けておくことは、買手の信頼を得ることにもつながります。まずは決算書を確認し、貸し借りの有無から調べてみましょう。
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