会社売却で見られる「実態の利益」とは?役員報酬や私的な経費を調整する計算例で解説
会社の売却を考えたとき、「うちの会社の利益は、決算書のとおりで評価されるのだろう」と思っていませんか。
実は、M&Aでは、決算書に載っている利益をそのまま使うとは限りません。中小企業の決算書には、経営者の報酬の額や、家族への給与、私的に使った経費、一度きりの損益などが含まれていることが多く、それらを調整した「実態の利益」で、会社の価値が考えられるのが一般的です。
この記事では、決算書の利益を「実態の利益」に直す考え方と、具体的な計算例を、順を追って解説します。
※この記事の計算例は、考え方を説明するための例です。実際の調整の内容や金額は、会社の状況や買手、仲介会社、税理士などの専門家との話し合いで決まります。
なぜ「実態の利益」が大切なのか

決算書の利益をもとに、会社の価値が決まるのではないのですか?
決算書の利益は、出発点として使われます。ただ、中小企業では、税金の対策や経営者の事情で、利益が実態とずれていることがよくあります。買手は、「新しい経営者になったあとに、この会社がどのくらいの利益を出せるのか」を知りたいので、そのずれを直して考えます。
決算書のままでは、本当の力が見えにくいんですね!
たとえば、次のようなケースでは、決算書の利益が実態より小さく見えたり、大きく見えたりします。
- 経営者が、税金を減らすために、高い役員報酬を受け取っている
- 経営者の家族が、実際には働いていないのに、給与を受け取っている
- 経営者の車や旅行などの費用が、会社の経費になっている
- 数年に一度の大きな修繕や、災害の費用が、その期だけにかかっている
- 保険の解約や、不動産の売却による一度きりの利益が、その期に入っている
調整の考え方:3つの方向

調整は、大きく3つの方向があります。
| 調整の方向 | 内容 | 利益への影響 |
|---|---|---|
| 費用を減らす調整 | 売却後は発生しない費用を、利益に戻す | 利益が増える |
| 費用を増やす調整 | 売却後に必要になる費用を、あらかじめ引く | 利益が減る |
| 一度きりの損益の調整 | 毎年は発生しない損益を取り除く | 増えることも減ることもある |
役員報酬の調整
役員報酬は、どのように調整されますか?
新しい経営者に支払われる、「標準的な報酬の額」との差を調整します。経営者が、標準より多くの報酬を受け取っていた場合は、差の分を利益に戻します。逆に、標準より少ない報酬しか受け取っていなかった場合は、差の分を利益から引きます。
多い場合も少ない場合も、調整されるんですね!
ここで気をつけたいのは、「少なく受け取っていた場合」です。赤字を避けるために、経営者がほとんど報酬を受け取っていなかった会社では、実態の利益が、決算書より小さくなることがあります。
計算例1:役員報酬と家族への給与を調整する場合
製造業を営むA社の例で考えてみましょう。
決算書の数字
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 営業利益(決算書) | 800万円 |
| 経営者の役員報酬 | 2,400万円 |
| 経営者の妻への給与(実際の仕事は少ない) | 360万円 |
調整の内容
買手は、新しい経営者を雇ったときの報酬を、年1,200万円と想定したとします。また、妻の仕事は、売却後は必要ないものとします。
この場合、実態の利益はどのくらいになりますか?
次のように計算します。
| 項目 | 金額 | 説明 |
|---|---|---|
| 営業利益(決算書) | 800万円 | 出発点 |
| +役員報酬の調整 | +1,200万円 | 2,400万円と、想定した報酬1,200万円との差 |
| +妻への給与の調整 | +360万円 | 売却後は必要ない費用として戻す |
| 実態の営業利益 | 2,360万円 | 調整後の利益 |
決算書の800万円が、2,360万円になるんですね!
調整の結果、A社の実態の利益は、決算書の約3倍になりました。この利益をもとに、価格の目安が考えられるため、調整の有無で、売却価格が大きく変わることがあります。
計算例2:私的な経費と一度きりの損益を調整する場合
飲食関係の卸売を営むB社の例です。
決算書の数字
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 営業利益(決算書) | 1,200万円 |
| 経営者の私用に近い車の費用・交際費 | 150万円 |
| 一度きりの費用(冷蔵設備の故障の修理) | 200万円 |
| 一度きりの利益(使っていない土地の売却益) | 300万円 |
調整の内容
私用に近い車や交際費は、売却後は発生しないため、利益に戻します。冷蔵設備の故障は、数年に一度の一度きりの費用と考えて、利益に戻します。一方、土地の売却益は、毎年は発生しない利益なので、取り除きます。
| 項目 | 金額 | 説明 |
|---|---|---|
| 営業利益(決算書) | 1,200万円 | 出発点 |
| +私的な経費の調整 | +150万円 | 売却後は発生しない費用 |
| +一度きりの費用の調整 | +200万円 | 毎年は発生しない費用 |
| -一度きりの利益の調整 | -300万円 | 毎年は発生しない利益 |
| 実態の営業利益 | 1,250万円 | 調整後の利益 |
調整しても、あまり変わらないこともあるのですか?
あります。B社のように、増える調整と減る調整が混ざると、結果として金額があまり動かないこともあります。大切なのは、金額の大きさよりも、「何を、なぜ調整したのか」を説明できることです。
理由を説明できることが、信頼につながるんですね!
なお、土地の売却益のような一度きりの利益は、取り除く調整になる点に注意しましょう。調整は、利益を増やす方向だけではないため、売手に有利な調整だけを集めて示すと、買手の信頼を失うことがあります。
計算例3:売却後に費用が増える場合
小売業を営むC社の例です。
決算書の数字
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 営業利益(決算書) | 600万円 |
| 経営者の役員報酬 | 300万円(標準より低い) |
| 家賃(経営者所有の建物を、相場より安く借りている) | 年120万円(相場は年240万円) |
調整の内容
C社の経営者は、経営の厳しさから、報酬を低く抑えてきました。また、会社の店舗は経営者個人の建物で、相場より安い家賃で借りています。売却後は、新しい経営者の報酬と、相場に近い家賃が必要になると考えます。
| 項目 | 金額 | 説明 |
|---|---|---|
| 営業利益(決算書) | 600万円 | 出発点 |
| -役員報酬の調整 | -700万円 | 想定した報酬1,000万円と、実際の300万円との差 |
| -家賃の調整 | -120万円 | 相場の240万円と、実際の120万円との差 |
| 実態の営業利益 | -220万円 | 調整後の利益 |
決算書は黒字なのに、調整すると赤字になることもあるのですか?
あります。経営者が、報酬や家賃を低く抑えて、黒字を保ってきた会社では、起こりやすい状況です。買手は、「引き継いだあとに、実際に出る利益」を見るため、調整の結果が、決算書の印象と大きく違うことがあります。
売却を考える前に、自分の会社の実態を知っておくことが大切ですね!
このようなケースでは、売却前に、家賃の条件や役員報酬の考え方を整理し、利益が出る体制に近づけておくと、評価が変わる可能性があります。
調整のときに注意したいこと
根拠を書類で示せるようにする
調整は、「そう思う」という説明だけでは、買手に認めてもらえません。次のような、根拠となる書類を用意しておきましょう。
- 役員報酬や給与の明細、勤務の実態が分かる記録
- 私的な経費の内訳(領収書や、会計ソフトの仕訳の履歴)
- 一度きりの損益の内容が分かる、契約書や請求書
- 家賃や賃貸借契約の内容と、周辺の相場の資料
調整は税理士や仲介会社と一緒に行う
調整の内容は、買手との話し合いの中心になる部分です。自分だけで判断せず、顧問の税理士や、M&A仲介会社の担当者と一緒に整理しましょう。どこまでを調整として認めてもらえるかは、買手によっても考え方が異なります。
数年分の推移で見る
1年分の利益だけでなく、直近の3期分ほどを並べて、調整後の利益の推移を確認することが大切です。一時的に利益が大きくなった年や、小さくなった年があっても、全体の流れを説明できると、買手の理解が得やすくなります。
調整後の利益は、価格の目安にどうつながる?
調整した利益は、どのように売却価格につながるのですか?
調整後の利益に、一定の倍率をかけて、価格の目安を考える方法があります。たとえば、実態の利益が2,000万円で、倍率を3〜5年分と考える場合は、6,000万円〜1億円が目安の一つになります。ただし、倍率は業種や会社の状況によって変わり、純資産などもあわせて総合的に判断されます。
利益が増えるほど、価格の目安も大きくなるんですね!
| 実態の利益 | 3年分 | 5年分 |
|---|---|---|
| 1,000万円 | 3,000万円 | 5,000万円 |
| 2,000万円 | 6,000万円 | 1億円 |
| 3,000万円 | 9,000万円 | 1億5,000万円 |
上の表は、あくまで考え方を示す目安です。実際の売却価格は、会社の将来性、取引先、従業員、資産や負債の状況など、さまざまな要素で決まります。
売却の前にできる、利益の見直し
調整の内容を知っておくと、売却の前に、できることも見えてきます。
- 実際に働いていない家族への給与がある場合は、時間をかけて見直しておく
- 私的な支出を、会社の経費にしない習慣をつける
- 経営者が低い報酬を受け取っている場合は、適切な額に近づけて、利益の状況を確認する
- 家賃などの契約条件を、相場に近づけることを検討する
- 使っていない資産や、利益に関係のない資産を整理する
ただし、税金や法律にかかわる見直しは、急に行うと、かえって買手の信頼を損ねるおそれがあります。顧問の税理士などの専門家に相談しながら、無理のない範囲で、時間をかけて進めましょう。
調整について、よくある疑問
調整の金額は、どこまで買手に認めてもらえるのでしょうか?
買手によって考え方が異なるため、一概には言えません。一般的には、根拠の書類がそろっていて、売却後に本当に発生しない費用だと説明できるものほど、認められやすくなります。反対に、説明が難しいものは、調整として認められないこともあります。
書類で示せるかどうかが、分かれ目になるんですね!
調整をたくさん集めれば、それだけ高く売れますか?
そうとは限りません。根拠の薄い調整を重ねると、買手が「数字に無理がある」と感じて、ほかの数字まで疑われるおそれがあります。調整は、少なくても確かなものを、きちんと説明するほうが、結果として信頼を得やすくなります。
数よりも、納得できる説明が大切なんですね!
実態の利益を知ることが、売却の第一歩
M&Aでは、決算書の利益をそのまま使うのではなく、役員報酬や私的な経費、一度きりの損益などを調整した「実態の利益」で、会社が評価されます。調整は、利益が増える方向だけでなく、減る方向にもなることがあり、根拠を説明できることが大切です。
自分の会社の実態の利益を、早めに把握しておくことが、納得のいく売却につながります。
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