経営者の相続と会社の株式|3つの事例で学ぶ、相続前に売却を考えるべき理由と準備

経営者の相続と会社の株式|3つの事例で学ぶ、相続前に売却を考えるべき理由と準備

「自分に何かあったら、会社はどうなるのだろう」。中小企業の経営者であれば、一度は考えたことがあるのではないでしょうか。経営者が亡くなったとき、自分の会社の株式は、ほかの財産と同じように相続の対象になります。

自社の株式は、現金のように簡単に分けられるものではありません。誰がどれだけ引き継ぐのかで相続人の意見が分かれたり、会社を継ぐ人がいないまま株式だけが残ったりすると、会社の運営や従業員の生活にも影響が出てしまいます。

この記事では、経営者の相続と自社の株式をめぐる3つの事例を紹介しながら、相続の前にM&Aで会社を売却するという選択肢と、早めに準備したいことを解説します。

※この記事の事例は、よくある相談をもとにした例です。実在の人物や会社とは関係ありません。

経営者の相続で、自社の株式が問題になる理由

自宅で書類と電卓で財産を整理する様子

経営者の相続が、ほかの家庭の相続と大きく違うのは、財産の中に「会社の株式」が含まれている点です。まずは、なぜ株式が問題になりやすいのかを整理しましょう。

 

うちの会社の株式は、ほぼ私が持っています。私に何かあったら、株式はどうなるのでしょうか?

 
 

株式は相続財産の一つなので、遺言がなければ、相続人全員で話し合って(遺産分割協議)、誰がどれだけ引き継ぐかを決めることになります。話し合いがまとまらない間は、株式が相続人の共有のような状態になり、株主としての権利を使いにくくなることがあります。

 
 

話し合いがまとまらないと、会社の大事な決め事もできなくなるんですね…。

 

自社の株式の相続では、次のような問題が起こりやすくなります。

  • 株式が分散する:相続人が複数いると、株式が細かく分かれ、会社の決め事がまとまりにくくなる
  • 後継者に株式が集まらない:会社を継ぐ人と、財産を受け取る人が別になり、不公平感が生まれる
  • 評価額が高くなることがある:会社が育っているほど株式の評価額が上がり、相続税の負担が重くなる場合がある
  • 現金が足りない:資産の多くが株式や会社の設備で、相続税や他の相続人への支払いに使える現金が少ない
  • 株式を継ぐ人がいない:相続人に経営を継ぐ意思がなく、会社そのものが宙に浮いてしまう

事例1:株式が分散して、会社の決め事が止まってしまったケース

家族の将来を考える時間

事例の概要

建築資材の販売会社を30年経営してきたAさん(68歳)は、後継者を決めないまま急に亡くなりました。株式のほとんどはAさん個人が持っており、相続人は妻と、別々に暮らす3人の子どもの合計4人でした。

起きたこと

長男は会社を手伝っていましたが、長女と次男は会社の経営に関わっておらず、「株式を現金に換えたい」と考えていました。遺言がなかったため、4人で遺産分割協議を始めましたが、株式の評価額や分け方で意見が合わず、話し合いは1年以上続きました。

その間、株式の持ち主が決まらないため、取引銀行との契約の更新や、役員の選任など、会社の大切な決め事を進めにくくなり、取引先や従業員にも不安が広がってしまいました。

 

遺言を残していれば、こうした混乱は防げたのでしょうか?

 
 

遺言で株式の引継ぎ先を決めておくと、混乱を減らせる可能性が高くなります。ただし、他の相続人には「遺留分」という最低限の取り分が認められているため、遺言だけで全員が納得するとは限りません。遺言とあわせて、生前に家族と話し合っておくことが大切です。

 
 

遺言を書くだけでなく、家族との話し合いも必要なんですね。

 

この事例から学べること

  • 遺言がないと、遺産分割協議がまとまるまで株式の扱いが決まらない
  • 経営に関わる家族と、関わらない家族では、株式への考え方が大きく異なる
  • 話し合いが長引くほど、会社の信用や従業員の気持ちに影響が出る

事例2:後継者に株式を渡したら、他の子どもとの間で争いになったケース

事例の概要

食品の卸売会社を営むBさん(72歳)は、長男に会社を継がせようと考え、生前に株式の大半を長男に渡しました。長男は会社の中心として働いており、Bさんは「会社を守るためには当然」と考えていました。

起きたこと

Bさんが亡くなったあと、長男以外の2人の子どもから「生前に株式を渡されたのは、不公平だ」という声が上がりました。生前に渡した株式も、相続の場面では、他の相続人の取り分を考える際に計算に入れられることがあります。

結局、長男は他の2人に対して代わりのお金を支払うことになりましたが、会社の資金を使うわけにもいかず、個人で多額の借入れをして用意することになりました。後継者である長男の負担は大きく、経営に集中できない時期が続きました。

 

後継者に会社を継がせるときは、他の子どもへの配慮も必要なのですね。

 
 

その通りです。株式を後継者に集めるほど、他の相続人に渡せる財産が少なくなりがちです。そのため、他の子どもへ渡す財産を別に準備しておく、あるいは、株式の代わりに会社の売却で得た現金を分けるといった方法も検討されます。

 
 

会社を売って現金にすれば、分けやすくなりますね!

 

この事例から学べること

  • 後継者に株式を集めるほど、他の相続人との公平性が問題になりやすい
  • 後継者が他の相続人にお金を支払う場合、その負担が経営を圧迫することがある
  • 財産の多くが株式だと、「分けやすさ」の面で不利になる

事例3:経営者の生前にM&Aで売却し、家族が現金を受け継いだケース

事例の概要

ビルの設備管理の会社を営むCさん(66歳)は、子どもたちがそれぞれ別の仕事に就いており、会社を継ぐ人がいませんでした。「自分が亡くなったあと、家族が困らないようにしたい」と考え、60代半ばでM&Aによる売却を決めました。

進めたこと

Cさんは、まず複数のM&A仲介会社に相談し、会社の強みや従業員の状況を整理しました。売却の相手が決まるまでには約1年かかりましたが、従業員の雇用を守る条件で、同業の会社に株式を譲渡することができました。

売却で得た代金は現金になったため、将来の相続のとき、家族で分けやすい形になりました。会社の経営の心配が家族に残らなくなったことも、Cさんにとって大きな安心でした。

 

売却で現金を受け取ると、相続のときにはどう変わるのですか?

 
 

株式は評価の方法が複雑で、分けにくい財産ですが、現金は金額がはっきりしているため、相続人の間で公平に分けやすくなります。ただし、売却で得た代金には所得に対する税金がかかり、現金として残った財産には相続税の対象になる場合もあります。税金については、税理士に事前に確認しておきましょう。

 
 

分けやすくなる一方で、税金の確認も必要なんですね。

 

この事例から学べること

  • 生前に売却すると、株式という分けにくい財産を、現金に変えられる
  • 従業員の雇用や、取引先との関係を守りながら、会社を次の経営者に引き継げる
  • 売却から相続までの税金は、事前に税理士へ確認しておく必要がある

3つの事例の比較

3つの事例を、ポイントごとに整理すると、次のようになります。

項目事例1(準備なし)事例2(後継者に集中)事例3(生前にM&A)
会社の運営一時的に停滞長男が継続売却先が継続
家族の関係意見が対立不公平感が残った現金で分けやすい
後継者の負担決まらなかった個人の借入れが発生経営の負担がなくなった
従業員への影響不安が広がった大きな変化は少ない雇用を条件に引き継いだ
準備の難しさ準備なし家族への配慮が必要売却先探しに時間がかかる

どの方法にも、メリットと注意点があります。大切なのは、「何も決めないまま」の状態を避けることです。

会社の相続でよく使われる制度や考え方

自社の株式の相続には、いくつかの制度や考え方があります。ここでは概要だけ紹介します。実際に使えるかどうかは、会社の状況や定款の内容によって変わるため、必ず専門家に確認してください。

遺言を書く

株式を誰に引き継ぐかを、遺言で指定する方法です。遺留分への配慮が必要なため、家族の状況にあわせた内容にすることが大切です。

相続人に対する売渡請求の定め

株式に譲渡の制限がある会社では、定款に定めておくことで、相続によって株式を取得した人に対し、会社がその株式を売り渡すよう請求できる仕組みがあります[注1]。会社にとって望ましくない人に株式が渡るのを防ぐ目的で使われますが、定款の定めが必要で、請求できる期間や手続きにも決まりがあります。

事業承継に関する税制の特例

条件を満たした場合に、株式を引き継いだときの税金の納付が猶予される制度があります。適用には申請や要件の確認が必要で、期限もあるため、利用を考える場合は、税理士や商工会議所などに早めに相談しましょう。

生前のM&Aによる売却

会社を第三者に売却して、現金に換える方法です。後継者がいない場合や、家族に分けやすい形で財産を残したい場合に、有力な選択肢になります。

相続を見据えたM&Aの準備で、やっておきたいこと

 

売却を考え始めたら、まず何から取りかかればいいですか?

 
 

まず、自社の株式を誰が何株持っているのかを確認しましょう。名義が古いままになっていたり、親族や知人に名義が分かれていたりすると、売却の際に手間がかかることがあります。そのうえで、家族に考えを伝え、税理士や仲介会社に相談する流れがおすすめです。

 
 

株主の確認から始めればいいのですね。まず一歩踏み出せそうです。

 

準備の流れの例は、次の通りです。

  1. 株主を確認する:株主名簿を見直し、名義が分かれていないか確かめる
  2. 財産の全体像を整理する:会社の株式、不動産、預貯金、借入れなどをまとめる
  3. 家族に考えを伝える:会社をどうしたいか、家族の気持ちも聞く
  4. 税理士に相談する:売却したときの税金と、相続のときの税金を比べる
  5. 複数のM&A仲介会社に相談する:売却が可能か、条件や費用を確認する
  6. 遺言を作る:売却の準備と並行して、万一に備える

よくある質問

Q1. 遺言は、いつ書けばよいですか?

健康なうちに書くことをおすすめします。判断力が十分なうちでなければ、遺言の有効性が問題になる場合があります。内容は、状況が変わったときに見直すことができます。

Q2. 会社の株式の評価額は、どのように決まりますか?

相続税の計算に使う評価額と、M&Aで実際に売買される価格は、考え方が異なります。相続税の評価額は税の決まりに基づいて算出され、M&Aの価格は買手との交渉で決まります。それぞれ、税理士や仲介会社に確認しましょう。

Q3. 家族が会社を継ぐ意思がない場合も、売却できますか?

売却できる可能性は十分にあります。むしろ、継ぐ意思のない家族に株式を渡すより、生前に第三者へ引き継ぐほうが、家族にも会社にも負担が少ないケースがあります。

Q4. 経営者が元気なうちに売却を考えるのは早すぎますか?

早すぎることはありません。M&Aは、相手探しや交渉に半年から1年以上かかることも多く、体調や状況が変わってからでは、選べる選択肢が少なくなってしまいます。会社の業績が安定している時期のほうが、よい条件を引き出しやすくなります。

Q5. 株主が親族や知人に分かれている場合は、どうすればよいですか?

売却の前に、できるだけ株式を集めておくことが望ましいです。株主が複数いると、M&Aの手続きで全員の同意が必要になる場合があります。状況は会社ごとに異なるため、専門家に相談しながら進めましょう。

Q6. 相談するのは、税理士と仲介会社のどちらが先ですか?

どちらからでも構いませんが、税金の影響が大きい場合は、先に税理士に概要を相談しておくと安心です。仲介会社には、売却の可能性や進め方を相談できます。両方の意見を聞きながら、判断を進めるのがおすすめです。

まとめ

経営者の相続では、自社の株式が大きな課題になります。準備がないままでは、家族の間で争いが起きたり、会社の運営が止まったりするおそれがあります。

  • 株式は相続財産であり、遺言がなければ相続人全員の話し合いが必要になる
  • 後継者に株式を集めると、他の相続人との公平性が問題になりやすい
  • 生前にM&Aで売却すれば、株式を現金に変えて、家族に分けやすい形で残せる
  • 税金の確認は、売却と相続の両方について、税理士に事前に相談する

「まだ先のこと」と思っているうちに、選べる選択肢は少しずつ減っていきます。まずは、株主の確認と家族との話し合いから始めてみてはいかがでしょうか。

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「自分に何かあっても、家族や従業員が困らないようにしたい」とお考えの方は、ぜひM&A一括見積の窓口にご相談ください。

[注1] 法務省・e-Gov法令検索:会社法 第174条(相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め)